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2011年3月11日 東日本大震災発生

甚大な被害から立ち上がり始めた産地
(茨城・福島県境付近、4月30日~5月1日撮影)
茨城県高萩・北茨城市内

 
多くのメディアが被災地として宮城・岩手の各地域を取り上げているが、
原子力発電所の事故により立ち入り禁止地域となっている福島県内の市町村はもちろん、
その南側、つまり首都圏に近い福島・茨城県境から千葉県沿岸にかけても甚大な被害が発生している。
こうした地域は支援の手も少ない中、家屋や漁船、そして圃場を地域で整備し立ち上がろうとしている。
上の写真は、震災前から工事が始まっていた高萩市北部の圃場整備地域だが、
今回の震災で被害を受けた部分を含め、すでに工事が再開され、
次へのコメづくりへとつないでいくための準備が進められていた。

 
その一方で、意味に近い圃場では津波が押し寄せ、砂が入り込んだままの場所も見られた。
写真左上は、津波の被害が甚大だった北茨城市大津港にすぐ隣に広がる圃場。
また、北茨城市は市街地自体が海に近かったため、写真右上のように倒壊した家屋も多数見られた。
このような状況の中で、大津漁港では打ち上げられた漁船の修理が共同で行われ、
田んぼでも押し寄せてきた瓦礫のかたづけを共同で行っていた。

福島県いわき市内

 
マスコミで取り上げられることが少ないが、福島県いわき市の沿岸では
宮城や岩手と同じく、漁港や集落が壊滅的な被害を受けた地域も多い。
写真下は多くの死者を出し、いまだに港の中に沈んだ船や
打ち上げられた漁船があちこちに見られる小名浜漁港(写真左下)、
そして津波と火災で集落の大半が倒壊した久ノ浜地区(写真右下)。

支援の手が少ない中、津波の被害を逃れた圃場から順次補修の手が入り、
なんとか23年産の作付けに間に合わせようと畦畔の補修を行う光景も見られた(写真上)。
海水が入った圃場でも、数回水を入れては抜く作業を繰り返し、
塩分を下げて作付けの準備を行っていた生産者の姿も見られた。
 
いわき市錦町の圃場で塩抜き作業を行っていた生産者は最後にこう話してくれた。
『今やめるのは楽だが、未来に苦労して得られる喜びもなくなっからな』